成功の意味。東京理科大理学部合格

合格した学校は第4志望だったのに大満足の生徒。

不合格で泣いて悔しがっていたのに、入学後は「この学校で良かった!」と楽しそうに通っている生徒。

直前で志望校を下げたので、第一志望に合格しても不満そうな生徒。

なにをもって受験は成功なのでしょうか?

今回の事例は、ひとつの答えです。

現役時に東京理科大創域理工学部に合格するものの、本命の東京理科大理学部、早稲田・慶應の理工学部は不合格。

もっと勉強してから大学に入りたいと浪人を決意した生徒の事例です。

目次

春(3~6月)

前向きに始まった浪人生活。

最初に陰りが見えたのは、残り少ない高校生活のときでした。

入試結果が全部判明して、浪人することを決めた後、卒業式も含めて高校に何日か行きました。

高校の友人たちは全員大学に進学するようで、進学先があるにもかかわらず浪人することが、多くの友人から理解されなかったようです。

決して悪気があっての発言ではないのは本人もわかっているものの、友人たちの言葉で、心にモヤモヤがたまっていくのを見ていて感じました。

そんな中、ひとりの友人が「すげえじゃん!頑張れよ‼」と応援してくれたことを話しているときや高校受験を終えた卒塾生が「えっ?理科大受かっても浪人するってメチャクチャかっこいい‼うちの姉では絶対無理だわ‼すごい」と言われているときは、とてもうれしそうな顔をしていました。

4月になると高校の同級生とはさらに距離ができます。

卒業式のとき持ち回りで「今日の一枚」として写真と一言コメントをグループラインにあげようとなったみたいです。進学した大学の風景・遊びや旅行先・サークルのことなど楽しそうな日々をあげてくる友人達。

一方、家と塾を往復する生活の自分。
変化のない生活なのでグループラインにあげることがないとボヤいていました。

GWが終わると精神的な不安定さが本格化します。
勉強をしようと思っても集中できず涙が出てくるとのことでした。

現役時代から他の生徒と併せて英語の解説をしていると、自分だけ問題ができていないと目を潤ませて必死に泣くのをこらえていたことが何度もありました。

だから精神面が強い方ではないことはわかっていました。

それだけに浪人生活がいい経験になるかなと思ったのですが、想定よりも早い時期に強いネガティブな反応が出たので、少し休むように話しました。

しかし、「今、休んだら遅れてしまう。また不合格になるのは嫌だ!」と泣きながら訴えるので、現役のときの勉強スタイルを取り戻すことを勧めました。

現役時代の勉強の原動力は、志望校への想いではなく数学や物理の楽しさでした。
合格のために必要な勉強時間やカリキュラムで縛ることを辞めて、自分の気が向いたときにやりたいことをやりたいだけやることにしました。

今日は勉強ができないなと思ったら、一日中寝てもいいし、少し運動をしたり、友達と遊んだりすることも提案しました。

これで一時はうまくいきました。

昼飯をわざと少し遠くのコンビニまで買いに行かせたり、教室の営業時間でも表情がすぐれず、他の講師に教室を任せられそうなときは一緒に隣の駅まで散歩したりしたこともありました。

すると「今日は集中できました」

「ここまで進みました」

「去年わからなかったことが、わかるようになりました」

と前向きな発言も出てくるようになりました。

午前中や日曜日などの塾が営業していないときの勉強時間をアプリで確認すると、勉強をやっていないときもあったので、ストレスとうまく付き合えるようになってきたのだと思っていました。

ところが、これが全くの見当違い。

実は、ずっと机には向かって問題集を開いていたようです。
だけど涙が出てきて泣いているだけの時間や将来への不安で頭がいっぱいになって集中していない時間は、アプリのタイマーをきって勉強時間にいれていなかったようです。

そうすると勉強時間が少なくなるので、記録を見返したときより自信を失って焦りと不安が生まれます。

だから、机に向かう。

だけど、勉強ができない。

でも、休むと危機感が募る。

ずっとこの不安と戦い続けていたようです。

いつも自分に厳しい評価をしている生徒でした。

まずは正確に記録を取ろうと。あくまで勉強時間は一つの目安でしかないし、机に向かっていた時間に嘘はないので、その時間はしっかりとはかること。

そのうえで、何ページ進めたのかも記録して時間当たりの問題数を正確に知ることで、客観的に自分を見るようにアドバイスしました。

しかし、感情が理性を完全に支配しているので、全く客観的な判断ができていませんでした。

早稲田や慶應の入試での得点が開示されると、「こんな点数しか取れないのでは浪人しても合格点に届くわけない」とか、6月の東進早慶上理模試で早稲田や慶應がC判定だとわかると「6月でC判定しか取れないなら、これから成績が上がってくる現役生に勝てるわけない」とか…。

入試があった2月は受験者の中でも最下位近い結果だったのが、6月には模試とはいえ6割ラインにいることはポジティブに受け取っていい事実です。

しかし、同じ事実をみてもネガティブな認識と反応しかできませんでした。

26時や27時まで泣き続ける毎日。

定期的に「1週間くらい休んだら?」や「C判定あるのだから1ヶ月くらい休んでも平気だよ」と言っても頑として聞き入れませんでした。

そこで5月下旬くらいからメンタルクリニックに行くように勧めます。

しかし、近隣ではいつ電話をしてもつながらない病院や、つながっても初診受付をしていない病院だらけで病院選びが難航します。

本人が、メンタルクリニックを受診することに抵抗があったのも遅れた原因のひとつでした。

体の不調ではなく心の不調は、「弱い」「恥ずかしい」「普通ではない」などのネガティブな印象を持ちがちです。

けれども胃腸が悪ければ消化器内科、糖尿病なら内科、目が悪ければ眼科に行くのと同じで、心に不調をきたせば精神科に行くのは普通のことです。

胃痛の人が胃薬を飲んだり、糖尿病の人がインスリンを打ったり、目の悪い人が眼鏡をかけたりするのと同じように、不安を抑える薬を飲んで日常生活を快適に過ごせるなら病院に行ったほういいと話しました。

本人は浪人をきっかけに病気になったと思っているようです。

しかし、この生徒の過去のトラウマや勉強への姿勢などを見ていると、本人の気質に原因があるように感じていました。

先天的な性格に原因があるなら、将来的に同じような事態になる可能性が高く、そのときこの経験はきっと活きると思いました。

夏(7~9月)

7月になり、やっとメンタルクリニックが見つかり、薬も処方してもらうようになります。

すると、いい表情で勉強できる日は増えました。

しかし、薬が効きすぎて眠気を抑えられず寝続けてしまう日や眠くならない薬だと湧き上がってくる不安な気持ちが納まらない日が交互にありました。

本人に合う薬の種類、分量、そのときの症状の強さによっても薬を使い分けないといけないようで、この調節が難しいようでした。

とくに眠気とのバランスは非常に難しいようで、一度飲むと翌日は体がだるくて動けないとのことでした。

起きている時間が減ったので、机に向かっている時間や本を広げている時間を勉強時間に入れても勉強時間は伸びていきませんでした。

秋(10~12月)

メンタルが最高にネガティブになったのが10月でした。

浪人にかぎらず多くの受験生は、秋が一番精神的に不安定になります。

代ゼミの早大入試プレをかなり重要視していたようで、「ここで去年と同じE判定だったら不合格が確定する」とか「合格できないなら、もう生きていたくない」とか。

連日、夜になると泣きながら話していました。

早大入試プレとはいえ本番とは違うし、受験なんて命までかけてやるものでもないので、受験を辞めることも含めて何度も話していました。

しかし、「だったら、今までの時間は何だったんだ?」や「ここで辞めたら意味がない」と辞めることも休むこともしませんでした。

早稲田プレの結果はE判定。
物理は受験者中7位と健闘したものの、ベストとは程遠い精神状態にくわえて、英語は経験値不足が露呈していました。

家で泣いたような感じはありましたが、想像していたより落ち着いていたように感じたので、最悪の精神状態は越えたように感じました。

この頃から薬との付き合い方も覚えてきたようで、状態のいい日も徐々に増えてきて、勉強時間も徐々に増えてきました。

冬(1~2月)

受験校は、秋の段階で本人がもう決めていました。

前年は日大、青学、上智も受験しました。

しかし、今年は理科大の創域理工より下は受験しないとの意向だったので、早稲田大学先進理工学部・人間科学部、慶応大学理工学部、東京理科大理学部・創域理工学部・先進工学部に出願。

共通テストは利用せず個別入試のみを受験することになりました。

何度か気持ちが乱れて自分で抑えられないときがありました。しかし、秋に比べるとだいぶ良くなっているように見えました。

2月3日~2月6日、東京理科大理学部・創域理工学部4学科・先進工学部2学科の4連戦。

とてもいい状態で試験を受けられて、自己採点も計算ミスを一問したくらいで全科目的にほぼ満点でした。

ここまでメンタル面にフォーカスして書いてきました。

本人が当初思っていたようには勉強できていなかったし、思ったような浪人生活ではなかったかもしれません。

だけど、できる限り勉強していたので去年より学力は上がっていました。

前年に不合格だった東京理科大理学部でも、過去問をやると年度によっては満点を取る科目もあったし平均8割~9割くらいは全科目的に取れていました。

だから、試験をやる前から早稲田先進理工学部と慶應理工学部以外は、ほぼ間違いなく合格すると思っていました。

2月12日、慶應大学理工学部の試験日。

試験後に感想を聞くと、数学・理科は計算ミスで落とした問題もあったもののできたようです。
しかし、英語はまったく英文が頭に入ってこなくて読めなかったので不合格だと思うと言っていました。

現役のときから集中しすぎると呼吸をせずに問題を解き続けることや、パソコンと同じように熱処理が追いつかず数学の大問をひとつ解き終わった後の顔が真っ赤になっていることがよくありました。

英語では長文の文字が浮かび上がってきて、顔の前に張りついて読めなくなることがあると言っていました。

気合を入れすぎると、脳がオーバーヒートして処理が追いつかなくなるまで自分を追い込めてしまうようで、このときもそれが起きたようです。

2月16日、第一志望の早稲田大学先進理工学部の入試日。

試験中に過呼吸になってしまい試験会場を途中退出したようです。いま帰宅しているとの連絡がお昼過ぎに本人からありました。

帰宅後、体調がもどり塾にくると、2日後の早稲田大学人間科学部は受験しないとのこと。

過呼吸になったことがとても恐怖だったようで、また試験中に過呼吸になるのが怖いというのが理由でした。

その後の合否結果は、早稲田と慶応はどちらも不合格。

東京理科大理学部合格。

東京理科大創域理工学部4学科・先進理工学部2学科は全学科で特待合格。

入試後、現在の症状を診断してもらうために検査をしたようです。

本人は病気なら治療をすれば治るので、自分が精神の病気だと診断されることを期待していました。

しかし、診察結果はASD。

病気ではなく先天的に不安を感じやすい気質でした。

パニック障害や対人恐怖症など二次的な症状につながりやすいようです。

診断されてスッキリした半面、一生付き合っていくしかないことに落胆している様子でした。

たしかに浪人のせいで苦しんだし、第一志望には届かなかったので受験結果も失敗だったように見ることもできます。

けれども、前年に不合格だった学部に合格できたので学力は上がったことや早いうちに自分の特性を知れたことは、これからの進路を考えるうえで良かったのではないでしょうか。

これからの本人次第ではありますが、きっとポジティブに見られる日が来ると思います。

まとめ

同じ事実をみても、視野と視座がちがうと認識が変わります。

生徒の体験記を読むと、いまは悪いことしか見えてないし、いいことも悪く感じてしまっているようです。

期待した結果ではなかったので、そう思うのは仕方ない部分もあります。

だけど1年間、彼女を支えた多くの人間がいました。

精神面の不調を最初に気づいて声かけを密にしてくれた講師、留学先のスペインから入試結果を喜んでいた講師、教室掃除をしながら日常の他愛のない話をして気分転換に付き合った講師。

全講師がいろいろな形で応援していました。

成績だって去年不合格だった学部に合格できたし、前年受かった学部は特待合格することもできました。

だから個人的には、この1年は孤独でもなければ、無駄でもなかったと思っています。

楽しく生きるために必要な経験は、自分の思い通りにいく経験ではなく、思い通りいかない現実とどう向き合って、どう振舞うかではないでしょうか。

世の中には悪いやつもたくさんいるけど、同じくらい良いやつもいる。

つらい時期があったから、いい時期がわかる。

時間が経って、こういうことが理解できたとき、あの時にやったことは無駄ではなかったと思える日が来るのだと思います。

途中でやめなかった彼女の一年は、挫折でも負けでもなく、つぎに勝つための経験です。

どこの大学に合格したとか偏差値がいくつ上がったとか…表面的なことが一番わかりやすいので、成功例として宣伝文句に使っています。

しかし成功した受験とは、そんな表面的なことではなく、生きていく力やそのために必死になった経験を手に入れること。

その中で自分を知ることではないでしょうか。

この生徒にとって、この一年は決して無駄な一年ではなく必要な一年だったのだと思います。

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